けものびと9
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天使がオレにマーキングしたぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっっっ!!!
胸に天使を抱き上げ、余計な荷物を小脇に抱え、カカシは有頂天で街を疾走していた。
目指す先は、天使と出会った思い出の地。
だが、この度は天使との出会いを懐かしむために訪れるのではない。天使が助けた荷物を預けるために向かっている。
本来ならば、カカシがどうこうする義理はないし、保健所に通報してお引き取り願うのが筋というものだろう。
だが。
天使が抱きしめている荷物は、腹ただしく、うとましく、今すぐにでも放り投げて二度と会わないように完璧に消したいものだが、天使が守った事実、ただその一点において、カカシは見捨てることを却下した。
始めは天使が粋がっている不良どもと対峙しているのを見て、我を忘れんばかりに不良どもへ怒りを覚えた。
「とっとと去ってくれる?」と全面降伏を求めれば、不良たちは脱兎のごとく去っていたので命を取るまではしなかったが、あと数秒遅れでもしたら引き裂いていたことだろう。
天使に血みどろの惨劇を見せなくて良かったとホッとしたのもつかの間、何故か天使の胸に、たおやかで香しくも温かい天使の胸に、カカシのカカシだけの天使の胸に図々しくもたれ掛かっているブツを発見した。
その瞬間、カカシは威嚇した。
マジ威嚇した。
歯を剥き出し、鼻に皺を寄せ、すぐそこから離れないと殺すと言外に殺害予告をした。
するとどうだろう。
天使が頭突きした。
カカシを量るように、疑いさえ見える冷徹な目で、カカシを見つめた。
正直言ってショックだった。
天使はカカシを切り捨てるか否かを見極めていた。
ここでこのブツを放り出せば、天使はカカシの元から去っていくだろう。
そう、カカシの手が届かない、天という名のエデンに。
さよならと、ブツを胸に抱き、背中から純白の羽を生やした天使が、空へ天高く舞う想像をしてしまい、どうしようもない恐怖に囚われた。
ブツは邪魔だ、でも天使が、でもブツが腹ただしい、でも天使が……!!
迷うこと数秒。
カカシは膝を屈した。
一時の邪魔もののせいで、永遠に天使を失うことは到底容認できるものではなかった。
「分かったよ。それなりのところに保護してもらうよ……」
せっかく天使とお散歩しているというのに、なんて不幸なんだと落ち込むカカシはその直後、幸せの坩堝に落ちる。
天使は花のような笑顔を浮かべるや、カカシに頬を摺り寄せ、カカシを自分の物だと態度で示すばかりか、何かを言った。
天使の言葉の意味の詳しいところは分からない。だが、カカシには確かに聞こえたのだ。
『カカシ、愛している』という、天使の可憐な愛の言葉を。
「天使が、天使が天使が天使が天使が天使が天使が天使が!! うおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉん!!!」
吠えた。遠吠えをした。
高らかに歌い上げ、カカシも天使の愛の言葉に応えた。
この命、天使のために使い切ると。
天使の前に立ち塞がるものは全てカカシが払いのけると、カカシは天使公認の騎士になった喜びに胸を高鳴らせ、もう一生天使に付き従うと溢れる情熱のままに遠吠えを繰り返した。
「あおぉぉぉぉぉぉっぉおぉぉぉぉぉぉん!!! 待ってて、天使! 天使の望みは全て、おはようからおやすみまで全て、この天使の守護騎士であるオレが全て受け持つからぁぁぁぁぁ」
「*+**#%$&!? $%&’#!」
ひしっと抱き着く天使のダイレクトな香りと感触と、それを遮る悪臭のブツに喜びと苛立ちを交互に抱きながら、カカシは目的地までたどり着いた。
「たぁのもぉぉぉぉぉ!!!」
自動ドアが開く時間すら惜しいと、背中でぐりぐりと隙間に体をねじ込み、カカシは訪れを告げる。
「い、いらっしゃいまぁ」
「まぁぁぁぁぁ、ルルちゃん!! 私が恋しくて戻ってきたのね、そうなのねっっ!!」
近くにいた店員が挨拶をするのを後ろから突き飛ばし、この店の店長がすっ飛んできた。
相変わらず巨体で暑苦しい奴だとカカシは顔を顰めるが、勘違いしまくっている店長に一言いうことにする。
「はぁぁぁぁ? オレの天使はオレだけのために存在してるからぁあ。寝言は死んでから言ってくれるぅぅ?」
「あんだとごらぁぁぁ。ルルちゃんと私の絆を知らないからそんなこと言えるのねぇぇぇ。あぁぁ、可哀そうな毛玉ぁぁ」
やんのか、おうやってやんぞと真っ向からにらみ合いだした二人に、店員たちがわらわらと駆け寄ってくる。
それでも止まらない二人の間に、鶴の声が響いた。
「はい、店長は五歩下がる!! おれが対応するからお前らは持ち場に戻ってくれ。で、ロビンは手伝ってくれるか」
手を叩きながらてきぱきと指示を出すロルフの登場に、店員たちから安堵の息が、店長から悔しさの唸り声が漏れ出る。
「もぉ、ロルフったら、私の味方してくれないの!? せっかくルルち」
「はいはいはい。店長が口出すとややこしくなるので、黙っててくださいね。それとお客さんはル……天使さ…様、じゃなくてこちらのヒト関係で来られたんだと思いますよ」
違いますかとロルフから見つめられ、カカシは深く頷く。この犬獣人、なかなか使える。
「そうだーよ。はい、渡すよ。はっきり言って、天使に金輪際近付けたくなーいの」
ほれ持っていけと、押し付ける形で渡せば、ロルフはそのヒトの状態に眉根を寄せた。猿のロビンへ目くばせすると、ロビンは慌ててどこかへ連絡し始める。
ようやく邪魔なブツがいなくなりホッとするのも束の間、カカシは胸に抱いた天使から自分以外の匂いがするのが癪に障って、自分の匂いをこすり付ける。
ぺろぺろと長い舌でパーカーの生地を舐め、留めとばかりに頬から首筋に添うようにして擦りつける。
「*+#$、*+$%&#”」
天使がカカシの耳を掴み、何かを囁いたが、カカシには確かに聞こえた。
『カカシさん、もっとして』と天使がうるんだ目で求めている声を。
ここもあそこもと、脳裏の天使が望むままにぺろぺろと舐め続けていると、天使が小さく引きつった声を出した。
「っ、あ」
ちょうど耳のあたりを舐めて、偶然舌が耳の中あたりに入った時だ。
思わずといった具合に出た声は、カカシの何かを刺激した。ジリジリとした痛みと熱に炙られ、背筋が震える。
もう何だか堪らなくなってきて息が上がり、思わずといった具合に天使のパーカーの後ろ首に鼻面を突き入れて、あむあむと素肌を甘噛みし吸いつく。パーカーの裾から手を潜り込ませ、天使の素肌を味わう。
「ひっっ、+*#$%&! *+&%$#*+*+っっ」
指を上へ上へと這わせていくと、慎ましやかな感触を覚えた。途端に、息を飲み、身悶え出した天使の反応にますます体に熱がこもる。
傷つけないように、でも天使が喜ぶように繊細なタッチで擽る。
「ん、っ、#$%&”#$!!」
くぐもるような吐息と同時に吐き出された鼻にかかった声に、生唾を飲込んだ。
そうか、そうか、ここか。ここがいいのか。ここが天使の秘密のはなぞ――。
「っらぁぁ!! うちの店でサカってんじゃねぇぞ!!」
もっともっとと本能の赴くままにむしゃぶりついていると、額を鷲掴まれ、天使との距離が合いた隙間をこじ開けられるのと同時に背後から首を腕で絞められた。
「っ、っっ!!」
ゴリラ族の馬鹿力は半端なく、一瞬意識が落ちかける。
「あぁ、ルルちゃん、大丈夫? もぉ、本当に野蛮な毛玉よねぇ。可愛い顔が台無し。はーい、綺麗綺麗しましょうね〜、きったない毛玉野郎の体液および手垢なんてルルちゃんの肌が穢れちゃうわ〜」
一瞬意識が無くなった隙に、カカシは弾き出され、腕の中にあった天使を奪われる。
確かにあった存在が他人の元にある現実に、かっと目の前が真っ赤に染まったが、それもすぐ収まる。
「$%$&&#”#。+*%&&’$」
店長に抱かれる寸前に天使は華麗に身を翻し、接近しようとする店長に向かって手の平を向けて拒絶していた。
それもひどく警戒した、妥協を一切許さない厳しい眼差し付きで。
「そ、そんな、ルルちゃん!?」
腕を広げ、濡れティッシュを片手にスタンバイしていた店長は、天使の真っ向からの拒絶に激しく動揺している。
ざまぁと内心高笑いしながらカカシは店長に向けて優越感に満ちた眼差しを向ける。
「こーれはこれは、とても素晴らしい絆を築き上げていたようだーねぇ。さ、天使、オレの天使、オレだけの天使、おいでっっ」
ハンカチを噛みしめ、悔しがる店長を横目に、カカシはとろけるような甘い声を出しながら天使を呼び、両腕を広げた。
天使はカカシにだけの特別な笑みを浮かべながらこの胸に飛び込んでくると、確信していたカカシは次の瞬間地獄に落ちる。
天使はカカシに冷たい光を宿した瞳を向けると、親指を立てた手をおもむろにひっくり返し、見せつけるように地面に向かって親指を指し示した。
店長に向ける眼差しよりも数段厳しく、そして、まるで地面に広がった汚物でも見るような軽蔑しきった目だった。
「て、天使!?」
「あーはははっははは、ざまぁ、ざまぁー!!!」
腹を抱えて隣で笑う店長が忌々しい。だが、それよりも天使の反応が到底受け入れられなくて、カカシは恐慌状態に陥る。
て、天使が、オレの天使が……!! オレに愛想をつかしてしまった!?
そう自覚した瞬間、駄目だった。
きゅーんきゅーんと勝手に情けない声が出た。なりふり構っていられず、地面によつん腹ばいになり、そして天使が望むように目の前でくるりとひっくり返って腹をさらけ出す。
無論、このときも全面服従の意志を見せるために、両手両足は体の横にくっつけて何があってもそこから動く意志はないことを示す。
きゅーんきゅーんと勝手に出る声のまま、床の上から天使を見上げて必死に許しを乞う。
天使、天使。オレ、天使に嫌われるともう生きていけないんだ。天使、天使、お願い、天使、許して、もう二度と天使の嫌がることしないからお願いだから許して。
きゅーんと傍から聞いても悲痛なまでの声が店内に響き渡る。
いつしか店長の笑い声は止み、店内のざわめきも消え、カカシの許しを乞う声だけがその場を満たした。
天使は厳しい顔をでカカシをじっと見下していたが、何度も何度も鳴くカカシの声にほだされたのか、徐々に険を和らげていき、ついにはがっくりと肩を落として息を吐いた。
「##$%&#”、*+><’%%$」
呆れたような調子で何か言葉を漏らし、天使はカカシの近くに膝をつく。そうしてカカシの背中を抱きかかえるように手を差し込むと、ゆっくりと体を起こしてくれた。
「天使、ゆるしてくれるの?」
すんと勝手に出てきた鼻水を啜りながら、おそるおそる問う。
天使はそんなカカシを困ったものでも見るみたいな目を向けて、にかっと白い歯を見せて笑ってくれた。
「うあぁぁぁん、天使ぃぃぃ、ごめんなさいー!! 何が何でどうして天使が怒ったのか本当は分からないんだけど、とにかくごめんなさいぃぃぃ、オレを捨てないでぇぇぇ、もうあんな目で見て、拒絶しないでぇぇぇぇ」
絶望と緊張から一気に解放された影響で、目からばたばたと雫が落ちる。
迷子の子供が母親に縋りつくように抱き着いたカカシに、天使は困ったような顔で笑いながら、カカシの頭を撫でた。
決して柔らかくない、ごつごつとした手の平の感触は、それでもカカシにはひどく優しくて甘いものだった。
嫌がられない線引きを測りつつ、カカシは抱いて撫でてくれる天使の体温と優しい指先を堪能する。
一生このまま永遠にこのときを味わっていたいと、しみじみと幸せを享受していたカカシだったが、場所が悪かった。
「ん、ゴホン。あんたたち、言っておくけどここは店よ。あんたたちの家じゃないってことを忘れないでちょーだい」
幸せに蕩けきっているカカシの耳に不快な声が入る。
この幸せが途切れることを嫌って、抱き着いていた天使へぎゅっと力を籠めれば、天使から肩を叩かれた。
きっと天使も嫌がっているんだと期待に胸を躍らせて顔を上げれば、そこには真顔で静かに首を振る天使がいた。
て、天使……!!
カカシの手を外しにかかる、無情な天使の判断にぐぅぅっと喉から反発の声がせり上がる。だが、ここでカカシが駄々を捏ねたら、再び天使にあの目で見下されるかもしれない。それだけは嫌だった。それだけはもう二度と味わいたくなかった。
カカシはもっと触れていたいという意思をぶち切り、泣く泣く天使の体から手を遠ざける。
その悲しみがつい声に漏れ出てしまい、そのこともカカシの悲しみに拍車をかけた。
天使は蹲ってきゅんきゅん鳴くカカシを尻目に、店長に向かって頭を下げている。
店に入ってから騒いだことを謝っているのかもしれない。なんて礼儀正しい! さすが天使、でも天使が謝る必要性なんて何一つない!!
ぺこぺこと頭を下げる天使をうっとりと見つめる店長の、邪な手が動く前に、カカシは天使を背中に隠して、天使の代わりに頭を下げる。
「どうもぉぉ、お騒がせしましたー。オレの天使が気にするから仕方なくオレも謝っておくーよ」
「あぁらぁ、心にもない謝罪どうもー。……あんた、本当にルルちゃんにぞっこんなのねぇ。しかも、狼族にしては随分良心的じゃない。ちょっと見直したわ」
貴様に見直されても嬉しくはない。
何故か店長からの心証が良くなるという謎展開もばっさり切り捨て、カカシは用は済んだとばかりに別れの挨拶を切り出す。
「それじゃ、あのブツの対処は任したーよ。ま、天使が助けてって言ったブツだから医療費やらの諸経費はオレが持つけど、当然引き取りはしないから、あんたらのところでどうにかしてーね」
それじゃと天使の手を繋ぎ店から出ようとすると、肩に手を置かれ引き留められた。
「まぁまぁ、待ちなさいよ。せっかく来たんだから、お茶でもしていかない?」
「はぁ?」
また天使を奪いにかかるのかと、警戒心もあらわにカカシは天使を背中に隠す。すると店長はうふふとゴリラ属には似合わない、随分と可愛らしい笑みを零しながらウィンクした。
「あんた、ルルちゃんとお話ししたくない?」
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獣人カカシは無自覚でやらかしております。