序章
日の光も入らぬ、陰鬱とした地下空間に、青白い光が現れる。
光の中から影が浮かび上がった瞬間、光は消え去り、男が現れた。男はよろける体を立ちなおさせ、顔に張り付く汗をそのままに、しばし立ち尽くす。
美しい顔立ちをした男だった。
男は顔を歪ませ、荒々しい息を吐き出す。その度、顔を縁取る金色の長い髪が揺れ動き、男の疲弊しきった体力を感じさせた。
男の身体は傷だらけだ。身にまとう衣服は砂埃をかぶり、ところどころ裂け、鮮明な朱が零れ出ている。
傷は深く、顔色も青白い。だが、その様からは不釣合いなほど表情は明るく、口の端には淡い笑みすらこぼれていた。
男の笑みが深まる。紫紺色の瞳が細く引き絞られた。まるで自分以外の者たちの愚かしさを嘲笑うかのように、男は喉で笑い始める。
漏れ出た笑い声は壁に反響し、淀んだ空間を掻き乱す。
誰もいない空間に、ただ一人己がいることを喜び、悦に浸りながら声をあげて笑おうとした瞬間、鋭い声があがった。
「待っていたぞ!」
声が地下空間へ朗々と響き渡る。声がした方向に目を向け、驚愕の言葉を発した。
「キ…キサマ、なぜ、ここがっ!?」
男の言葉も言い終わらぬうちに、地下空間が煌々とした光によって照らし出される。まぶしさに目を瞬かせながら、自分を待ち受けていた者たちを見た。
剣士の男、法術士の男に、女が二人。
法術士の女たちが、寄り添いながら力ある言葉を紡ぎ出す。それと同時に、光が増した。
男の背後に、光の源となる拳大の水晶が一つ、そして、男の斜め前に左右一つずつ、威嚇するかのように光り輝いている。
光を振りほどこうと一歩踏み出したと同時に、剣士が足を踏み出した。手に捧げ持つものから一瞬、淡い光がこぼれ出た。
「ぬっ!!」
光同士が連鎖し、男の体を圧迫する。戦慄が走り抜ける。
鳴り響く警鐘を聞きながら、剣士と同様のものを掲げ、こちらに近づいてくる法術師の男を睨んだ。手に捧げ持つそれが近づくほど、光は激しくなり、同時に力が抜けていくのを感じた。
眩暈を覚え、堪らず顔を覆った指先は干からび、自分の物とは思えぬ細さだった。
「お…おのれぇぇぇぇえぇっっっ」
割れた声が己の衰えを告げる。小賢しい策略にはまったのだと気づいた時はすでに遅い。
―――我は封印される。
驚愕の思いと焦りに似た怒りに身を震わせれば、自分の身体がどこかへ閉じ込められる圧迫感に襲われた。
三つの水晶が囲むように浮き上がり、女たちの詠唱のリズムに合わせ、光が明滅する。
手が、腕が、足が、胴体が、頭が、見えない力に拘束された。
「や、やめろぉおぉっっっ――」
叫ぶと同時に、体が浮かんだ。必死の抵抗はなす術もなくかわされる。
見開いた瞳に、石棺の漆黒の闇が開かれるのを見た。剣士と法術師が持っていたものが宙を飛び、男の身に纏わりついた。
「あぁっぁあっぁぁっぁ!」
体が震えた。
自分の力を根こそぎ奪っていくものの正体を見極めるため、閉じいく瞳をこじ開け、視界の端に捕らえる。
石がはめ込まれた、古ぼけたペンダント。
こんな脆弱なものに、我が身は縛られるというのか。
手を伸ばそうとした次の瞬間、狭く暗い闇へと縛られていた。
閉ざされていく光を求め、もがきながら男は咆哮する。
「忌々しい、虫けらどもめ! この恨み、必ず返そう!! 覚えておくがいいっ」
男の憎悪の咆哮も半ばに、外界から得られる光は閉ざされ、二度と光を見ることはなかった。
地下空間に、男の怨嗟のこもった雄叫びと、閉じられた石蓋の反響が尾を引くように響く。それと同時に、男を縛っていた水晶の光は、役目を終えたとばかりにぷつりと消え、静かにその身を台座へと沈めた。
暗闇が再び戻る。男の、もはや声とはいえぬ音を遠くに聞きながら、四人は押し黙り石棺を見つめた。
残響が去り、静寂が戻っても、四人は男の声に囚われ固まっていた。視線は石棺のみを見つめ、頑なに目を離すことを拒絶している。
目を離せば、石棺が再び開き、あれが現れるのではないかと怖れる空気が漂う中、ふと剣士が動いた。
「……ついに…」
安堵ともとれる息を吐き出しながら、呟く。
微かに震える手を押さえながら、剣を己の腰の鞘へしまった。
鍔が鞘にぶつかり、軽い音を立てた。それを機に、他の三人も警戒をゆるやかに解いていった。
小さな吐息が、静寂を満たしていた地下空間に動きを与える。
ジッと小さな音と共に、闇は退き、暖色の明かりが四人を照らした。
ランプを持った法術士の女が三人に振り返り、華やかに微笑んだ。それに伴い、女の耳を飾っていた、ユニコーンを模したイヤリングが涼やかな音色を溢し揺れる。
「封印、しましたね…」
「……ええ」
もう一人の女も、顔に笑みを湛えしっかりと頷く。
うっすらと涙すら浮かべる女に、剣士は手に肩を置き励ました。その様を和やかに見つめる女の後ろで、法術士の男は棺の上にあるものに手を伸ばす。
棺の上には、黄色く色づいた石がはめ込まれているペンダントが二つ、静寂に身を包み、炎の光を照り返していた。
「これで…。私の家に代々続いた使命も、終わりか…」
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始まった!!