それから数十年後。

――アセリア暦4304年……




「クレス、母さんの具合はどうだ?」
昼下がり。
二階の自分の部屋から下りてきたクレス・アルベインに、父親のミゲールが声を掛けた。
「熱も下がったし、大丈夫だと思うよ」
クレスの言葉にミゲールは安堵の笑みを零した後、顔を引き締め、おもむろに切り出した。
「そうか。……実はクレス、二年前にお前に渡したペンダントについて話があるのだ。今からいいか?」
「うん、特に予定もないし大丈夫だよ。ペンダントって、十五の誕生日にもらったペンダントのこと? あの時、父さんに言われた通り大切に持ってるけど。――あれ? そういえば稽古指導は終わったの?」
そういえばと目を瞬かせ、自宅を兼ねている道場からいつもより早く出てきたミゲールにクレスは尋ねる。
クレスの家は代々続くアルベイン流剣術の師範である。
ここトーティスの村はユークリッド大陸でも一、二を争うほど長閑な村……つまり、田舎である。
土地柄として娯楽が少ないため、かはいざ知らず、道場はなかなかの賑わいを見せていた。もちろん、ミゲールの天才的腕前を聞きつけ、わざわざ遠い他国から弟子入りしてくる者も決して少なくはない。
問いを促すように整った優しげな顔立ちを傾げれば、赤いバンダナの上にかかる、柔らかい茶色に近い金髪が微かに揺れた。
クレスの母親譲りの髪を目にした後、ミゲールは自分の息子を改めて見つめた。
まだ幼さの残る首筋の下から、日頃から鍛えてある筋肉が服越しから見受けられる。その姿は、力強く、しなやかな若々しい豹にも似て、ミゲールの目に快く映った。



「父さん?」
自分の問いかけに答えない父親に、クレスは呼びかけた。
「あ、ああ、すまん、すまん。今、トリスタン師匠が来て下さったから、ご指導をお願いしたんだ。そうだ、クレス。お前もちょっと顔を見せてきなさい」
「はい」
名を聞き、クレスは顔をほころばせて返事を返す。
ミゲールの後に従い道場に入るや否や、威勢のいい掛け声が耳に飛び込んできた。道場では、所狭しと道場生が剣術の修練に励んでいる。
その中で、目を細めながら眼光鋭く回りを見渡す老人がいた。アルベイン流剣術の達人として名高く、ミゲールの師匠にあたるトリスタンだ。都に住んでいるこの老人は、時々道場に顔を出し、稽古をつけてくれるのだ。
「トリスタン師匠、お久しぶりです」
クレスはトリスタンの前で頭を下げた。
「おぉ、クレス。久しぃの〜」
トリスタンはクレスたちに気付くと、まるで孫に会った祖父のようにうれしそうに笑いながらクレスの肩を叩いた。
「どうじゃ、修練はどんくらい進んだか?」
「はい、第四教練を終えました」
「ほぉ…。クレス、おんしは今、いくつじゃ?」
「今日で十七になります」
笑顔で答えたクレスを見て、トリスタンは皺を深く刻んだ顔に、新たな皺を作りながら頷いた。そして、ミゲールの脇腹をつつき話し掛ける。
「血は争えぬとは、このことを言うのじゃろうのぅ。親としては嬉しい限りじゃろうて」
「これもトリスタン師匠に息子を手ほどきしていただいたおかげです。しかし、まだまだ甘く未熟者です」
ミゲールの言葉に頭を掻くクレス。それを見て、トリスタンはますます朗らかに笑う。
「はははは、相変わらず剣には厳しいの〜。クレス、よくミゲールについて学べ。さすれば、立派なアルベイン流剣士として名を馳せることは間違いなしじゃ。じゃが、昔のおんしは…」
ミゲールとトリスタンの間で昔話が花咲こうとした時、外からクレスを呼ぶ声が聞こえてきた。



「クレスー! いくぞー!」
それが、親友のチェスター・バークライトの声であることに気付き、思わず声をあげた。
「あ、父さん、ごめん! 今日はチェスターと猪狩りの約束していたんだった」
「仕方ないな。ペンダントの話は夕食の時にでもしよう。今日はお前が主役なのだから、あまり遅くなるなよ」
「はい」
ミゲールは自分の息子のとぼけた様子に苦笑する。
クレスは普段は真面目で何事にも全力を尽くす子だ。親として、剣の師匠として全幅の信頼を置いているが、時々とんでもなく抜けている面があるのも事実だった。
それがこの先、剣術においても、クレスの人生においても足を引っ張らないか、心配でもあるところだ。
「トリスタン師匠、途中で失礼します。ゆっくりしていってください」
「ああ、きぃつけての」
クレスは深々と頭を下げ、トリスタンに笑顔を向けた。その笑顔につられ、トリスタンも心なし顔を和らげながら、頷く。
「クレス、母さんにも狩りのことを伝えておくんだぞ」
駆け出したクレスの背に向かって、ミゲールが声を掛ける。クレスは「分かった」と後ろに向かって叫び、手を振りながら去っていった。



その後姿を見送りながら、ミゲールは思いを馳せる。
今年で十七という節目を迎える自分の息子。
これまで自分がクレスに強いた修行は厳しいものだった。だが、それに泣き言一つ言わずに耐え、自からも剣を研鑽するべく努力を欠かさなかった。
その甲斐もあって、めきめきと頭角を現していくクレスを誇りに思うと同時に、自分との決定的な差が縮まらないことを歯がゆく思っていた。
クレスの太刀筋は速く正確でありながら、相手を受けいれる柔らかさの中に鋭い苛烈さを潜ませている。
手合わせをして、背筋に冷たいものが走ることは幾度もあった。
自分を越える存在として恐ろしく、そして何と頼もしく思えただろうか。息子をライバルとして迎えることに無常の喜びを感じ、どれだけ期待に胸を膨らませたことだろう。
だが、その実力は模擬刀を持っている時のみ発揮された。クレスは真剣を使った実戦となると、驚くほどその力を半減させた。叱責すればするほど、クレスは余計に力が入り込み、自分より格下の者に負けてしまう。
そこで知ったのだ。
クレスは剣士として致命的な欠点を抱えているのだ、と。
相手に打ち込む瞬間のわずかな怯み。相手を圧倒していながら、必殺の手を下さぬその姿勢。相手の隙を知りながら、止まる手。
弱虫というのではない。ただクレスは剣士になるには、優しすぎたのだ。真剣を持つ度に微かに揺れる瞳が、人を傷つけたくないと物語っていた。



『それが、あの子の長所じゃないですか』
自分を追い越す力を持ちながら、それが果たせないと知ってしまったとき、あまりに惜しく無念であり、そして不安に駆られ、愚痴ってしまった自分に、妻マリアはそう言い微笑んだ。だが、自分はマリアのように楽観できはしなかった。
(今日から…、私たちの使命をクレスに継がせるのだ…)
心に渦巻く思いに囚われ、ミゲールの拳が握り締められる。
自分から望んで関わった事とはいえ、それを息子に継がせなくてはならないことが切なく悲しい。
できるならば、息子にこの荷は背負わせたくはない。あまりに重過ぎるこの荷を……。



「ミゲール、こんな気持ちよく晴れた日に、そんなしょぼくれた顔をするもんじゃない。ほぉら、見てみぃ、外は絶好の狩り日和じゃて」
知らず知らずに表情に出ていたのだろうか。トリスタンはミゲールの関心を逸らすように、道場の窓を開けた。その途端、外から穏やかな風と共に、子供たちの弾んだ声が流れ込んできた。
外に目を移せば、柔らかな陽射しの中、駆け回る子供たちや、村の女たちが笑いながら洗濯する姿が見られる。全てのものが穏やかで、優しい時に包まれている。
「…いい日じゃのぅ」
手に花を持ち、嬉しそうに母親の元へ駆けていく少女を見遣り、トリスタンは目を細めた。
ミゲールが頷くと、玄関の戸が閉まる音が聞こえた。それに続いて、クレスとチェスターの話し声が微かに聞こえてくる。
声の調子からして、約束を忘れたクレスをチェスターが軽く咎めているようだ。
口元を緩ませ、どこまでも晴れ渡っている空を見上げた。
「ええ。こんな日が続くよう、私はもっと強くならなければなりません」
窓の桟をつかみ、透明な微笑を浮かべるミゲールに、トリスタンは驚いた顔を見せる。
「おんし、それ以上強くなってどうするつもりじゃ。おんしをしごくという、わしの楽しみを奪うつもりか?」
本気ともとれるトリスタンの言葉に、ミゲールは笑う。
「笑いごとじゃないぞ」と、暗い気持ちを払拭させるように言ってくれたトリスタンに感謝しながら、ミゲールはどこまでも青く透き通る空を眺めた。



守ろう。この日を、この生活を――。
胸に浮かぶは、熱く切なる願い。自分を取り巻く大切な人々の顔を思い描きながら、ミゲールは確固たる意志を宿らせ、呟いた。
「…必ず」
どこかで鳥が鋭く鳴きながら、青く広がる空へ吸い込まれるように消えていった。



******



「クレス…。もしかして、オレとの約束を忘れてたのか?」
眉根をひそめたチェスターが、家から飛び出してきたクレスに開口一番に言った言葉はコレだった。
「え、あははは……ごめん」
うなじで結んである青みがかった長い髪を揺らし、チェスターはため息をついた
切れ長の瞳が暗に責めてくる。クレスは友人の鋭い視線にひたすら頭を下げた。
「ご、ごめん」
「ったく、今度から忘れんなよ? あ、そうそう。アミィの奴がお前に渡したい物があるって言ってたぞ」
念を押したチェスターは、気を取り直して妹のアミィの伝言を伝えてくる。
「へぇ、なんだろう?」
「さぁな…。もしかしたら、今日お前の誕生日だからな。『クレスさん、好きですぅ! これ、私が一生懸命作ったんですけど…、これを私だと思って持っていて下さぁい〜』なぁんて、言うんじゃないのかぁ!?」
チェスターは両手を組み、乙女宜しく愛らしいポーズをとり、クレスに詰め寄る。
「何だよソレ! でも…そっか、プレゼントか。用件はプレゼントかもね。けどさ、アミィちゃんは兄の友達として、僕に毎年何かプレゼントくれているだけだろ? そんなこと言うわけないじゃないか」
呑気に笑いながら、クレスは近所のおばちゃんがするように手を上下に振る。
「…はぁ、お前な〜。結構もててるの知らないのか? お姉さま連中から、絶えずお前の噂を耳にするぞ。『純粋なとこがかわいい〜』とか『甘えられた〜い』とか『かわいがってみた〜い』とかとか……」
一瞬、きょとんとするクレス。だが、それはすぐさま笑い声に変わる。
「チェスター、おもしろい! 冗談うまいな〜」
「……お前がそう言うなら、オレは何も言わまい……」
にぶいクレスをちらっと見て、チェスターは額に手を当て、首を振った。



昨日よりもまして村のにぎやかな様子を見ながら、チェスターの家へと向かう。
人が多いのは明日とり行われる結婚式の準備のせいだろう。近所の女の子が、結婚式に飾るための花を摘んでいる姿も見られ、クレスの顔は自然とほころんでくる。
「おい、クレス。その…、今年の風邪は熱が高いと聞くが…。おばさんの具合はどうだ?」
チェスターの家が見えた頃、チェスターが気遣わしげに尋ねてきた。
会った時から何か聞きたそうにそわそわしていたが、原因はこれだったのかと、クレスはチェスターを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ。熱はだいぶ下がったし、まだ身体がだるいって言ってるけど、チェスターがくれた薬草が効いて楽になったって言ってた。ありがとう、本当に助かったよ」
「い、いや、…その…い、色々世話にもなってるしな。…アミィ! クレス、連れてきたぞ!」
玄関を叩きながらチェスターはぶっきらぼうに言うと、気恥ずかしさを隠すように大声で呼んだ。クレスはそんなチェスターの行動に小さく笑みをもらす。
「お兄ちゃん。大声出さないでよ、恥ずかしいでしょ!!」
意外にも近くで声が返ってきた。
台所で何かを作っていたらしく、アミィはエプロン姿で現れた。台所からは、何かを煮込んでいるいい匂いが漂っている。



チェスターの両親はアミィが生まれて間もなく、流行り病で他界してしまった。それ以来、チェスターとアミィは二人だけの生活を続け、今は十三歳になったアミィが家事をしている。
「あ、クレスさん」
アミィは兄の後ろにクレスを見付けると、ほのかに頬を染めてお辞儀をした。
「態度違うよな〜」
ぼそりと呟くチェスターに、アミィはキッと睨みつける。それを受けて、チェスターは視線を逸らせて黙りこんだ。チェスターはアミィにはとことん弱い。
アミィはチェスターより濃い青い色の髪を二つに分けて、赤いリボンで髪を結んでいる。歳相応の可愛らしい顔立ちをしているが、しっかりとした口調と意志の強そうな瞳が彼女を何倍にも大人びてみせていた。
現にアミィはしっかり者で、油断すると無茶をしかねない兄のチェスターをたしなめたり、叱ったりと母親のように面倒を見るばかりか、少しでも安くおいしいものを食卓に並ばせようと、買い物の値切りは十三歳にして大人顔負けの手腕だ。トーティス村では『値切りのアミィ』と言えば、商売人からは恐れられている存在だった。
小さい身で、食事に洗濯、掃除、空いている時間は働くという出来すぎの感のある妹に、チェスターの頭が上がるはずもなかった。
「あの、ちょっと待っていて下さい。お兄ちゃん、鍋のものかき混ぜて」
そう言い残すと、アミィはエプロンを外し、駆け足で二階に上がっていく。
「へいへい」
チェスターはアミィの言いつけ通りに、鍋の方へ近寄ると、手馴れた手つきでかき混ぜ始めた。クレスはチェスターの邪魔にならないように、横から鍋の中のものを覗き込み、その正体を知り、歓声をあげる。
「あ、マーボーカレーだ!」
「ん? ああ、お前これが好きだったけ?」
チェスターの問いかけに、クレスはこくこくと頷く。
「じゃ、味見してみるか? おお! そうだ、これがオレからの誕生日プレゼントにしてやろう。思う存分食べるがいい」
「ほんとに!? うれしいよ、チェスター!」
思う存分と言ったチェスターが、おもむろに渡したのは、小皿に乗せられたわずかばかりのものだ。
小皿を眺め、耳を下げた子犬のように情けない顔つきでクレスはチェスターを見詰めた。今にも泣き出しそうなクレスに、チェスターはぷっと吹き出すと、豪快に笑う。
「あははははは! そんなシケタ顔すんなよ。狩りが終わったら、オレが作ってやるって。これは明日の結婚式に出す料理で、アミィが頼まれたものなんだよ」
チェスターの言葉を聞いて、ぱっと顔を輝かせながら、渡された小皿にようやく口をつける。
「ん〜、うまい〜っ。やっぱ、アミィちゃんのマーボーカレーは世界一だよ!! あれ、そういえば、チェスターも作れるの?」
思い出したかのように、クレスが聞いてきた。すると、チェスターは愚問だというように、胸を張る。
「当然。実はあのマーボーカレーをアミィに教えたのは、オレなんだぜ」
「えええええっぇぇぇえぇ!」
素っ頓狂に叫び、クレスは興奮の面持ちで言葉を続けた。
「すごい!! アミィちゃんの料理の師匠って、チェスターだったんだっ」
「へへ、まぁな。けど、今じゃアミィの方が格段にうまくなってるけどな」
頬を紅潮させる相手の反応が、思っていた通りのもので、チェスターは満足気に頷いた。
「うわ〜…知らなかった……。もし、チェスターがかわいい女の子ならお嫁さんにしたいくらいだよ」
「……は?」
思わぬ方向に話がいったクレスに、チェスターは思わず目を向ける。クレスはのほほ〜んと穏やかな笑顔で言っており、他意はないように見受けられた。
なんと答えていいか分からぬチェスターは、話を逸らすことを選ぶ。
「……そいや〜、アミィの奴遅いよな。ちょっと二階に行ってみようぜ、クレス」
「あ、うん。そうだね、行ってみようか」
話が逸れたことにも気付かず、クレスは同意する。チェスターは、ほっと胸の内で安堵のため息をついた。天然は時々思わぬ言葉を漏らして、こちらを驚かせる。



「アミィ?」
二階へと上がり、チェスターは自分の部屋兼アミィの部屋を覗いて見る。
アミィは、びくっと身体を震わせると、視線をこちらに向けた。胸の中で何かを抱きしめているみたいだが、一体何なのだろう。
「あ、クレスさん! …と、お兄ちゃん」
「おいおい〜」
仮にも兄である自分に気付くのが遅い。
アミィは、チェスターの突っ込みを尻目に、もじもじと胸にある物とクレスを見比べている。それを見て、チェスターは頭を掻いた。
「おい、クレス。アミィが渡したい物があるんだとよ」
「ん? ああ」
チェスターに言われ、クレスはアミィの元へと歩み寄る。
見上げるように見るアミィの頬は、鮮やかな赤に染まっている。その様子に苦笑しながら、チェスターは妹のがんばりを見守った。
「あ、あの……」
「ん? 何、アミィちゃん」
アミィはクレスに見つめられた途端、顔をより赤らめ固まってしまった。
大丈夫なのかと心配になってきたチェスターへ、ふとアミィの目がちらちらっとこちらに助けを求めるよう見詰めてきた。チェスターは、言ってやれと身振りで、アミィを励ます。
それを見てアミィは何かを決心した表情で頷くと、クレスに向かって胸に抱いていた物を差し出した。緊張しすぎのせいか、目を瞑ったまま差し出すアミィの姿が微笑ましい。



「ク、クレスさん、お誕生日おめでとうございます! これ、受け取って下さい!」
アミィが差し出した物をよく見ると、それはクレスを模したマスコット人形だった。クレスが普段から身に着けているアルベイン道場の鎧と、赤いバンダナと赤いマントを身に着けている姿は、なかなかに精巧に作られている。
「ぷっ! あははははははははっっっ!! よく出来てるじゃないか、ソレ! お前、毎晩遅くまでこれを縫ってたのか?」
クレスの手元を覗き込みチェスターは笑い転げる。
「……お兄ちゃん……」
涙を浮かべ笑うチェスターを、恨めしげに見詰めるアミィ。
「ありがとう、アミィちゃん」
クレスは受け取ると、微笑んでアミィにお礼を言った。それを見て、兄に笑われたのも忘れ、アミィはうれしそうに笑う。
そんな幸せそうな妹の姿を見て、チェスターは笑い声を引っ込めた。
まだまだ子供だと思っていたが、ちゃんと女らしくなっている。現に、クレスと向き合う時のアミィはキレイだと思えた。そう考えていく内に、何となく寂しさも覚えるチェスターであった。
自分のらしくない感情に気付きチェスターは頭を振りつつ、ふとアミィに話し掛けた。
「なぁ、アミィ。そんなマスコット、お兄ちゃんの誕生日にもくれるのか?」
突然、アミィは俯き、チェスターの視線をよけた。まるで考えもしなかったというアミィの行動に、クレスは軽く突っ込みを入れる。
「……アミィちゃん……」
「あぁっ、兄さんは悲しいぞっ」
苦悶の声を出しながら、悲しみの様を訴えるチェスターに、アミィの頬が紅潮する。馬鹿な様子の兄をこれ以上、クレスに見せるのは自分の恥だと、アミィは叫んだ。
「お兄ちゃん、狩りに行くんでしょ。早く行って、大物を捕まえてきてよっっ!」
チェスターの背を押し、余計な事は言わないでくれとばかりに部屋から追い出す。
「あはははは、分かったって。よしよし、まかしとけ」
チェスターはアミィの頭を撫でながら、自信たっぷりに言った。
「オレの弓とクレスの剣があれば、大丈夫! 大物もちょろいもんだぜ。な、クレス!」
「ああ、楽しみにしててよ」
アミィを見詰め、クレスはしっかりと頷いた。アミィは頬をまた染めながら、チェスターに頭を撫でられている。が、我に返ったようにアミィはチェスターの手を振り払う。
「もぅ、お兄ちゃんってば、子供扱いしないでよ!」
「ん〜? なんだ、アミィ。恥ずかしがっているのか? かわいいな〜、お前」
チェスターは前より増してアミィの頭を乱雑に、けれど愛情を込めてなでている。髪が乱れるなどと、アミィは悲鳴をあげるがチェスターは笑って相手にしない。




クレスは微笑ましい思いで、その光景を見詰めていた。
本当に仲の良い兄妹だと思う。自分は一人っ子だったため、妹や弟がいる家はうらやましく思えた。
特にチェスターとアミィの仲の良さは特別だ。
早くから両親を亡くしたため、二人きりで支えあい、今日まで生きてきた結果であろう。
その中でもチェスターは、アミィといる時だけはとびっきりの笑顔をみせる。自分にも笑いかけてくれることはくれるが、どことなく違う。妹を心底思いやる優しい、本当のチェスターが見えるのだ。
とは言っても、チェスター自身は自分の笑顔のことなど、どうとも思っていないらしい。前に何気なく言ったが、あっけなく否定されてしまったことがある。
(本当に違うんだけどな。試しに、村の人連れてきて見せてやりたい)
村の人がチェスターの笑顔を見たら、どんなに驚くかを想像してしまい、ついクレスは微笑した。



「…っっ! ほ、ほら、クレスさんも笑ってるじゃない! 待たせたら悪いでしょ。早く狩りに行って来てよ!」
アミィがクレスの笑みの意味を勘違いし、チェスターに叱責を飛ばす。
「おお、そうだな。さて、クレス、行きますか?」
「ああ」
部屋を後にし、階段を下りていくチェスターの背向かって、アミィは仕返しとばかりに声を張った。
「お兄ちゃん。もし、大物捕らなかったら、夕飯抜きねっっ!」
「え…。マジかよ…」
「ぶ!」
困り顔のチェスターを見て、クレスは吹き出した。アミィは仁王立ちで階下にいるチェスターを見下ろしている。
「…ああ。……が、がんばってくるよ…」
「あははっははっっはははっはっははっはははっはははっはは!」
 完全に尻に敷かれているチェスターの態度に、クレスは腹を抱え笑ったのであった。





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てっててれ、てっててれ〜てってて。トーティス村の音楽