手を繋いで 19
「アンタ、バッカじゃないの?! 冷蔵庫を乾物機にするわ、調味料をろくに扱えない、アカデミーの料理実習さえまともにできないアンタが、弁当みたいな高度な品、作れるわけないでショ!!」
突如、ボルテージを上げ、噛みついてきたカカシの言葉に内心、悲鳴をあげた。事実なだけに、質がすこぶる悪いッ。
「な、なななな何を言ってるんですか! はたけ上忍てばおもしろい事言いますねっ」
愛しのガイ先生にバレるのだけはいただけないと、取り繕う。
「ガイ先生、はたけ上忍って時々すごいジョーク言いますよね。やっぱり上忍の中の上忍はジョークも一流ですぅ」
何か考える素振りを見せ始めるガイ先生の前に立ち、カカシの姿をシャットアウトする。途端にカカシは私の肩を掴むなり、強引に向きを変えられた。
愛しのガイ先生の御顔から、カカシの不気味覆面顔に変わるショックたるや、何と言葉に言い表せようかっ!
「ちょっと! アンタに言ってんのよ、アンタにッ! ちゃんとこっち向きなさいよッ、料理できない整理できない、できない尽くしのダメ女ッ」
ぷりぷりと怒り出した、カルシウム不足のカカシに煽られ、私も燃え上がる。
「何言ってるんですかーッ! 私はやればできる子なんですッ。女の最低辺野郎みたいなこと言わないでくださいッ。心外なッ」
「あの冷蔵庫の中身を見て、どこをどうすればできる子って言い切っちゃえるの! オレがあそこ整理しなかったら、死ぬまであのまんまでしょーよッ」
「じょ、冗談は言いっこなしですよー! あれはたまたま。あれはたまたまなんです! 私が本気出せば、弁当の一つや二つ、軽いんですからねッ。私の弁当見て、はたけ上忍の腰抜かすくらい訳ないんですからー!」
私の一言に、赤い顔をしてわめき散らしていたカカシの口が閉じた。
勝った……!!
女よりもよく回るカカシの口を封じ込めることに成功したと、ガッツポーズを取っていれば、カカシはぽつりと言った。
「そ、そんなに言うなら、つ、作らせてやってもいいーよ。腰抜かせるほどの弁当とやらを作ってみなさいヨ」
視線を反らせて言い放った言葉に、勝者の余裕とやらで私は鷹揚に返した。
「もちろんです。はたけ上忍にうまいって言わせてみせますから期待してください」
「べ、別に期待なんてしませんよ。せいぜい頑張れば? ちなみに俺、ナスとサンマが好きですから。天ぷらはだ一い嫌いだからーね」
カカシの好物と苦手な物をメモしつつ、私は闘志を燃やす。
ふふふとかっこよく笑みを浮かべたのに、対するカカシはそっぽを向いたままだ。
何となく面白くない。
無理矢理こっちに顔を向けてやりたいが、不用意に上忍に触れたら手打ちにあう。それより、一度やっているだけに二度目はなかなか実行に移せなかった。
こっち向けーと必死こいて念じていれば、出し抜けにカカシの顔がこっちを向いた。それと同時に、カカシはとんでもないことを言った。
「言っておくけど、オレの許しがでるまで、あそこの暑苦しいオカッパに弁当作るのは認めないからね」
……! なんですと?!
突然の条件提示に慌てふためく私に、カカシは右目を細ませた。
「とーぜんでショ。アンタの餌食になる食材を考えれば、被害は少ない方がいいもの」
あの大惨事を言い触らしてもいいのかと、言外に脅しをかけてきた悪魔に私は言葉を詰まらせる。
くっ、やはりこの白い悪魔を我が城に招いたのは早計だったか…!!
しかしいくら悔やんでも過去は戻らない。
悶々と過去の自分を責めていれば、カカシは勝手に話を進ませ、ガイ先生を帰し始めているではないか。
「というわけで、お前、帰りなさいよね。今日も弟子が待ってんでショ」
「む、そうだな。オレは去るとしよう。……しかし、カカシ、青春だなッ」
キラっと口からこぼれる歯を輝かせ、ガイ先生はカカシの肩に手を置いた。
暑苦しいと小声で文句を言いながら、ガイ先生の手を払うカカシだが、私にとっては「こいつぅ」「もー、やめてってばーv」にしか見えない。
目の前でイチャイチャされ、乙女心が悲鳴をあげる。
あぁ、どうしてこんな展開に? 私はガイ先生にお弁当を作ってあげたかっただけなのにっ。
気を抜けば横座りに倒れ込みそうになるのを、忍のど根性で耐える。
縋るようにガイ先生に視線を向ければ、ガイ先生は私に気付いてくれた。
「イルカ。カカシは解りにくい奴だが根は熱くて良い男だ。これからもよろしく頼むぞ」
にかっと笑い、私に視線を注ぐガイ先生の熱い眼に、体温が上昇する。
「も、もっちろんです! 任せてくださいっ」
反射的に答え、敬礼すれば、ガイ先生は「余計なお世話だったか」とカカシに視線を落とした。ガイ先生、こっち。私はこっちですよ!
「余計すぎるんだーよ、おまえはッ。とっとと去れッ」
「ハッハッハ、熱いなカカシ! 勝負はまた機会を改めてだ!!」
私の念が通じる隙間はなかったのか。
ガイ先生は、カカシの投げたクナイを華麗に避けながら、二本指を額に当てた後、カカシへと投げかけ、爽やかな笑い声を残し、一瞬にして消えた。
「ったく、どいつもこいつも……。冗談じゃないってーのッ」
ぶつぶつと小声で文句を言うカカシ。
その下で、私は敗北という文字を背中に背負い、アスファルトに手と膝をついていた。
う、うぅ、私ってば眼中なしぃぃぃぃぃ???!!!
カカシを出し抜き、ガイ先生の眼差しを独り占めにすることが、超Sランク並に困難なことだと、今、思い知ったのだった。
「なーんてね、なーんてね!! この不屈のイルカを舐めるんじゃないわよッ。恋は障害が多いほど燃えるのが定石だしッッ?!」
雄叫びあげた私に、一緒に休憩に入っていたアサリとホタテが迷惑そうな顔を向けた。なによ! 私が独り言言っちゃ悪いってわけ?!
ぐるるるると糸切り歯を剥き出し唸れば、アサリは湯呑みを持ち上げ、重いため息を吐いた。
「イルカー。相手が相手だけに障害が多いのは分かるけどさ。そのありきたりな策ってどうなんだよ?」
あにぃ?!
私の頑張りにケチをつけるアサリに、額が引きつく。
午前のアカデミーの授業を恙無く終わらせた私は、午後からは受付任務についている。
小鳩のような心臓にカカシという名の刃で傷つけられたものの、無事に子供たちへ忍びが何たるかを教えることに成功した。
今日の授業が体術訓練だったことも幸いした。
一撃必殺。
ヤラネバ、ヤラレル。
『先生、こわーい!』『皺増えるぞ、コレ』と子供たちに余計な心配を少しかけさせてしまったけど、忍の、いいえ、大人になる厳しさは十分分かってくれたと思う。
今日の私の授業は、アカデミー史に残るだろうと休憩室の窓から見える小さな青空を見詰めた。
「その策とも言えない手のこともあるけど、お前、この状況見ても何とも思わない訳?」
ホタテの発言に肩を竦める。
休憩室を囲むように、隠しもしない気配がこちらを見詰めている。
カカシとの朝食を終えた直後からこの調子だ。アカデミーの同僚も奥歯に物が挟まったような態度で接してきた。疑問があるなら、ずばりと聞けばいいのにまどろっこしい。
ちらりと周囲を一瞥し、未だ質問しそうにない輩にため息を吐いた。
「身元不明忍じゃないだけマシ。――気配を一切感じない背後から、聞こえる呼吸音。『私は死んだ』と、何度思ったことか……!」
あの瞬間を思い浮かべ、身震いが走る。怖い。本当に怖い! 今でこそ良好な関係になった気がする気がしないでもないけど、いつまた敵に回るか……。
敵に回ったうさちゃんを思い浮かべ、背筋に嫌な寒気が走る。
くわばらくわばらと両腕を自分で擦り、寒気を誤魔化した。
「お前は大丈夫でも、オレはこの状況に耐えられん。言え。昨日繁華街の超高級料亭から二人密着状態で出た後から、今朝同伴出勤した後、会議を終えてから、途端に顔を暗くして、今この場で『サルでもできる料理本』を広げている訳を、今すぐ言え」
上から目線でまくし立ててきた、ドライな癖に神経細かいホタテに、ハンカチを噛みしめてしまいたい。
周囲からホタテに送られる、これ見よがしの拍手と称賛の声が憎い。
ホタテが言ったというのに、アサリが歓声に答えている絵面もむかついたので、机の下で脛を蹴飛ばしてやった。
「イルカひどい!」と泣き声が飛んできたが、無視!
「…一言で言えば…。ものすごい浣腸食らったせいで家に送ってもらって、思わぬ料理の腕前に心酔して忍犬になりたいって言ったけれど、所詮ライバルだから、私たちの関係はライバルのままよねって感じで、きゃつに目に物を見せ、オッケーのお許しもらうために、料理本を読みふけっている訳よ!!」
悪いっとホタテを睨みつければ、ホタテはそうかそうかと頷き、「だ、そうですよ」と周囲に声をかけた。
「一言じゃねーし」
「それじゃ分かんなーい!」
「だから、どうしてカカシ様とアンタが一緒に仲良く登校なのよッ」
「浣腸って何ー?!」
「弁当って誰に渡すためのもんだー?!」
「イルカちゃーん、今度おれにも弁当作って〜」
好き勝手に返ってくる言葉に、アサリが好き勝手に言葉を返す。
「イルカってこういう奴ですからー」
「すいませんね、こういう奴ですから」
「まぁ、ご想像にお任せするという奴じゃないですか? んふふ」
「これこそご想像にお任せですよね!」
「決まってるじゃないですかッ」
「止めた方がいいですよ。こいつクノイチ授業で唯一料理から外されたクラッシャーですから」
アサリの返された言葉に、しぶしぶながらも納得して去っていく気配に何故か腹が立つ。
あんな適当でいいんかい。
突っ込みたいが、突っ込んでまた近寄られても困る。
葛藤でわなわなと震える私に、ホタテは実にドライに言い切った。
「イルカもなー。適当に噂流して、適当に満足させとけよ。どうせ興味本位だ。真剣にお前とはたけ上忍の仲がどうにかなるなんて、思っちゃいねーって」
ずずっと音を立てて茶を飲むホタテに何か思う暇もなく、アサリが異を唱えた。
「いいや、おれは思っているぞ、ホタテ! はたけ上忍とイルカ。これはなかった組み合わせだ。はたけ上忍はイルカのような女に免疫がないッ。ということは、大穴のダークホースとなり得ることもある!」
「アサリ、ずいぶん自信あるんだな」
にやりと笑うホタテに嫌な予感を覚える。こいつはドライな癖に博打好きという訳わからん男だ。
「まぁな。ひさびさにビビと来た勘ってやつだ」
ふっふっふと男二人で見つめ合い、笑みを浮かべる様を見詰め、厄介事の匂いが立ちこめる。
馬鹿なことを言いだされる前に止めてやると立ち上がった瞬間。
「その勝負、乗った!!!」
声と共にテーブルに降って来た人影に、椅子を蹴り飛ばし、臨戦態勢を取る。
同じくクナイを握りしめたホタテとアサリが喜色に顔を輝かせ、現れた人物の名を呼んだ。
『みたらし特別上忍!!』
二人の声に、にやりと口端を引き上げ、みたらし特別上忍はお茶をこぼし、土足だということを気にした風もなく、テーブルの上に仁王立つ。
厄介な人がきた!!
ここから予想される展開はただ一つ。
私に関する賭けごとが一つ増え、私の身辺に悪影響だけしかもたらさないという未来だ。
冗談ではないと異議を唱えようとした寸前、みたらし特別上忍は声高らかに叫び、右手を払った。
「はたけカカシとうみのイルカ。二人は果たして恋人同士となるか、否か。さぁ張ったぁぁぁぁ!!!!」
みたらし特別上忍の声に、今まで何処に潜んでいたのだという人数がテーブルへと殺到する。
「ならないに、50両!」
「大穴。なるに、もってけ泥棒、10両!!」
「絶対にならないに、40両ッ」
怒号のように行き交う掛け声に、額が攣った。
あろうことか、カカシと私が恋人同士になるか否かだと?!
私は言ってるじゃないか。あれほど言ってるじゃない?!
私の大本命の、恋人を通り越して生涯の伴侶になってもらいたいのは……
「ガイ先生だぁあぁ!!!」と叫ぼうと、胸に息を溜めた直後、信じられない激痛が脳天からつま先まで走った。
到底、立ってられない激痛に、しまったと大いに臍を噛む。
カカシからもらって、約10時間ちょっと。
痛み止めが切れた。
飲んだ瞬間効く信じられない効能と、その効きの長さに、すっかり頭から抜け落ちていた。
自分の体が人の波に飲み込まれるのを他人事のように思いながら、来るべき激痛に私は声を震わせた。
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああッッッ」
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微かですが、確実に進んでいます。手作り弁当から次はお料理教室だッ!