荒れる息を押さえこみながら、無防備に眠る肌へと舌を伸ばす。
噛みつきたいと思っていた喉から順に、跡はつけないように、でも時々軽く歯を立てる。
気を抜けば、引き千切ってしまいたいと力が入る指を叱責し、ゆっくりボタンを外した。
曝け出される肌を追いながら口付ける。
甘い。
武骨な男の体だというのに、どうしてこんなにも追い立てられるのか、自分でも不思議だった。
見た感じは筋肉太りでもしていそうな体だったのに、脱がせば思ったよりも細く引き締まっている。
気太りする性質だったのかと、新しい発見に心が躍った。






「…ん、ん? ビジンかぁ? もー寝ろよー」
這い回る舌にようやく気付いたのか、寝ぼけたことを言いながら体を反転させる。
忍としてどうかと思えるほどの危機感のなさは、逆に都合がいい。
横向きになった先生の肩から上着を引っ張り、そのまま肘のところで結んでおいた。
肩に口付けて、脇腹に指を這わせた。肋骨から辿って、胸元をくすぐる。肌寒いのか、すでに立っている乳首を親指で丸く円を掻けば、びくりと体が震えた。
「ん」
鼻にかかった声をあげたのを聞いて、笑いが込み上げた。
色事なんて何も知りませんていう顔してんのに、ちょっと触っただけで感じちゃうの?
そこまで思って、先生が俺のものをくるくると器用に回した指先を思いだし、イラっとした。
もしかして清純な振りしてるだけで、根は淫乱ってやつ? 他の男とこういうことしてて、慣れてんの?
問うように先生を見上げるが、先生はくーすかと呑気に寝息を立てている。
面白くなくて、乳首に噛みついてやった。
「っっ、て!! は、あ?」
遠慮せずに噛んだものだから、ちょっと血が出てしまった。さすがに先生が目を覚まして、胸元にいる俺に気付く。
ぽかーんと口が開いている。
明らかに動揺していますという顔をした、先生の唇に食らいついた。
「ふ、ん、んん? んんんん?!」
仰向けに倒して、先生の腰に乗り上げる。暴れる先生の頭を枕に押し付け、舌を口内に突っ込む。
逃げ惑う舌を啜り、上顎を擽る。びくんと跳ねた箇所を狙って、飽きることなく舌を蠢かしていれば、身をよじっていた先生の体から徐々に力が抜けていき、動きが鈍くなる。
逃げ惑っていた舌も動きを止め、観念したことを見てとり、ゆっくりと唇を外せば、どちらともしれない唾液の糸が長く引いて切れた。







はぁはぁと小さく肩で息を吸い、ぼんやりと開いた黒い瞳に俺が映る。それだけのことなのに、ぞくぞくとした震えが背筋に走り、深い酩酊感をもたらした。
「先生、イルカ先生」
声が聞きたいと囁けば、夢見心地の表情からいつもの生真面目な顔に変わった。俺を認めた途端、逃げようと身じろいだ肩を押さえこみ、真正面からにやりと笑ってやる。
「…な、カカシ先生、どうして…」
息を飲み、動かせない腕を認めて、イルカ先生は俺を見上げる。
怯えの入った瞳の色に、嗜虐心が刺激された。ひどく甚振りたい。
「ねぇ、先生、俺のことおかずにしたんでショ」
うっそりと切り込めば、先生の目が見開く。かたかたと震えだした体に満足を覚えながら、頬をゆっくりと撫で上げる。
「ど、して」
真っ青な顔で狼狽している先生が可愛い。バカな先生。何も知らない、可哀そうな先生。
「知ってますよ。飲みに行く時、いつも物欲しそうな目で俺見てますよね。気付かないと思ってたんですか?」
嘘だ。
物欲しい目で見ていたのは俺の方。
でも、混乱している先生は絶望的な表情を浮かべて、瞳に涙を盛り上がらせる。
「ごめんな、さい。ごめんなさい」
冷たい眼差しを送りながらも、先生に触れる手は馬鹿みたいに優しい。
震える体を宥めるように触れているのに、先生は俺の冷たい眼差しばかり見ていて何も気付いちゃいない。
鈍いねぇ。でも、そんなとこも可愛いよ。
横に流れる涙を掬う。じっと泣く先生の泣き顔を見ていれば、先生はとうとう目を瞑り、顔を隠すように枕へと押し付けた。
「っごめんな、さい。ごめんなさい」
謝るばかりの先生が不思議で仕方ない。
零れる涙を舐め、耳元に囁く。泣き顔は見たいけど、いつまでも見ていたいという訳ではない。
「なんで謝るーの?」
しゃくりあげだした先生に優しく尋ねる。まだ濡れている髪に手を伸ばし、ゆっくり撫でつける。
「怒らないから。教えて、ね、先生」
目元に唇を何度も寄せ、辛抱強く待っていれば、先生はか細い声をあげた。
「迷惑だから。カカシ先生にとって、俺は迷惑でしかないから…」
先生の言うことが本気で分からなかった。ひっひと息を吸いながら、先生は続ける。
「――れだけ、俺だけ覚えてしがみ付いて、る。期待しちゃいけないの、分かっているのに、忘れられない。どこかで気付いて欲しいって思って、る。嫌になるくらいカカシ先生のこと考えてて、こんな俺、迷惑でしか、ない」
歯を食いしばり、先生は泣いた。
嗚咽を漏らし、ごめんさいと再び口に出す。
「笑った顔で、俺は優しいあんたを穢しているんだ」と懺悔するように言葉を漏らした。






何だそれと、思う。
何でそんなことで謝るんだと、怒鳴りつけたくなった。
そうしたら俺はどうなのよ。
あんたを忘れて、約束も忘れて、今もあんたを騙してのうのうとここに居続ける俺はどうなんのよ。
最低なのはどっちなのよと、無性に腹が立って仕方なかった。
「ごめんなさい」と再び言われ、視界が真っ赤に染まる。
「謝るなッ」
堪え切れずに唸るように吼えた。
体の下にある先生の体がびくりとわななく。怯えるように向けられた視線を受け止められず、無防備な先生の胸へと額をつけた。
「……謝らないで、よ。お願いだから。謝られると、どうしていいか分からなくなる」
零れ出た声は自分でもみっともないほど弱弱しくて、情けなくなった。
額を擦りつけて、奥歯を噛みしめる。ここで泣くことは違う気がして、漏れ出そうな感情を必死で押さえつけた。







「…迷惑、じゃないですか?」
戸惑うような声が落ちて、顔を上げた。声は小さいけれど、悲嘆にくれた声じゃない。首を振る。
「迷惑じゃ、ないよ」
真っすぐこちらを見詰めてくれる先生の瞳を見詰めて、言葉を紡ぐ。
「迷惑じゃない。嬉しい。先生が俺のこと考えてくれることが、すごく嬉しい」
嘘がないか見極めるように見詰める先生の視線を受け止め、俺は笑う。
嬉しかったんだ、と。先生が俺のことを思っていることを知った時、本当に嬉しかったと、俺は笑った。
「……それなら、良かった」
心底、ほっとした顔で先生が笑ってくれた。
ずっと泣いていた目は真っ赤になっていたけど、ようやく見せてくれた笑顔に息が零れ出る。
泣いている顔より笑った顔の方が嬉しいんだと再認識していると、先生が困ったような顔で俺を見上げた。
「手、解いてくれますか?」
「え、あ、はい!」
はたけカカシの目で見た、先生の笑顔に見惚れていたらしい。
先生の声に大げさなまでに反応して、言われるがまま拘束していた腕を解いた。






ふっと息を吐く先生に、あ、と思う。
冷静になった頭で、とんでもないことをしたと冷や汗を掻いた。
俺は全裸で、イルカ先生は上半身剥かれている。
こんなことしてタダで済む訳がない。頭に血がのぼっていたとはいえ、なんて真似をしでかしたと、ケダモノのような己を罵っていれば、ぐいっと後頭部と背中を抱きしめられた。
「せ、先生!」
あっけなくイルカ先生の体に倒れ込み、慌てて体を引き離そうと寝台に手をつけば、先生はより俺を強く抱きしめて、小さな声で懇願してきた。
「……口に出すことを許してください。――あんたを、こうして抱き締めたかった」
首元に落ちる息が熱い。
硬直したままの俺の頬に頭を擦り寄せ、先生は切ない声で囁いた。
「あんたが好きだ。あのときから、ずっと」
どくんと鼓動が震える。密着している体から、自分の心臓の音が伝わりそうだ。
何も言えないでいる俺の体から少し離れると、先生は俺の顔を間近に見詰め、笑った。
「――また会えて、嬉しかった。生きて帰ってくれて、本当に良かった」
俺の頬に先生の武骨な手が触れる。チョークを持つせいか、指先は乾いてかさついているけど、温かくて大きな手。
傷つけないように優しく触れてくる手に、鼻が痛くなる。
ずっと待っていたのは誰だったのだろうと、ぼやける視界で考える。
目を閉じれば、熱い雫が頬に流れた。
ボロボロと勝手に零れ落ちた涙に、先生が笑う。
「泣かないで下さいよ」と笑いながら、先生も泣いた。両頬を覆うように、涙を拭ってくれる手を上から押さえ、握りしめる。
失えないと思った。
この手を失えば、二度と立ち上がれなくなる。
確信めいた思いに突き動かされ、俺は先生の唇に己のそれを重ねる。
応えるように口を開いてくれた先生の中に入り、飽きることなくずっと口付けを交わし合った。

















(この二人のそういう描写は見たくなーいという方はこのまま下へ。
『おうさ、見てやるぜ! つか、ないのってどうなの?!』という方は コチラ をクリック!!)


















チチチと、スズメの囀りが聞こえた。
気になって気になって、ついつい忙しなく耳が動く。
「、あ!!」
がばっと上半身を起こし、左右上下を見渡した背後の気配に、こっそりと生唾を飲み込んだ。
「え、え?」
ぱたぱたと自分の体を叩き、しばらく固まった後、何かをそっと覗き、先生は安堵のため息を吐いた。そして、
「………おいおい。マジかよ、夢かよ。あぁあーーー」
と、ひどく残念そうな声を上げ、バタンと寝台に倒れ込んだ。そのまま先生は何度もため息を吐く。
その吐息が色っぽく感じて、またパタパタと耳が動いてしまう。
先生が気絶するよう眠った後、俺は速攻で先生と寝台のあれこれの始末をした。
明け方にようやく終えたそれから、俺は一寸も眠れずにいた。
全く気付いていない先生に安堵の息を吐きつつ、気は緩められないと気を引き締める。
「……ビジン、俺、昨日の夜中、何か寝言言わなかったか……」
じっとこちらを見詰める視線に極力反応しないように、俺は気のない素振りで左右にゆっくりと尻尾を揺らせる。
じーっと先生が何か言いたげな視線を向けていたが、俺の反応がそれ以上ないことを知ると、「そっか」と小さく呟き、はぁーともう一度息をついた。






意気地のないことは百も承知だ。
卑怯だ逃げだと言われようが、この位置は外せないのだと、俺は己に言い聞かせる。だが。






「はぁ」
飽きることなくため息をつく先生の声に、ざわわと背中の毛が逆立つ。
ってーか、先生!!
さっきからはぁはぁ言い過ぎ!!
俺がどんだけ我慢してるか、あんた何も分かってないでしょー?!






己の中で変わった何かが、この位置にいることをどれだけ難しくしてしまったのか。
後ほど、俺は思い知ることとなる。










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おぉ、話が進んでいます。半分は越したッ!!







君がいる世界 21