「飲みますよ、飲みますからね!!」
目を輝かせて、イルカが宣言する。
嫌がるイルカを快楽で絡め取り、無理矢理飲ませるという手もありだと思っていただけに、素直なイルカは少し物足りなく感じた。
しかし、そのプランを実行すれば最後、イルカの怒りを買うことは間違いないだろう。最悪、禁欲生活を強いられる可能性も高いだけに、迷うところだ。
カカシは悩ましい問題に苦悶の表情を浮かべる。その前で、イルカが受け取った丸薬を口に含もうとしたその瞬間、カカシは重大なことを忘れていたことに気付く。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 飲む前にぜひやってもらいたいことがっっ」
イルカの返事を聞かずに、カカシは洋服箪笥に駆け寄る。引き出しに手を突っ込み、目的のものを掴むや引き返し、ベッドに腰掛けているイルカの顔の前に広げて見せた。
「これ、着て下さいっ」
カカシが広げたのは、カカシの白いYシャツだった。
Yシャツと満面の笑みを浮かべているカカシを交互に見つめ、イルカはカカシの思惑を察する。
定番といえば定番の衣装。
素っ裸の彼女に自分の少し大きめのシャツを着せる、ちょっとした夢の願望。
きっと襟元は深く割れ、袖は余ってぶかぶか。その癖、下半身は無防備かつ、肝心なところは見えそうで見えない悪魔的配分を表現してくれるだろう、それ。
――よかろう。男、うみのイルカ。同じ男として、その要望飲んでやろうではないか……!!
「イルカ先生、鼻血。鼻血、出てるよ、せんせ」
カカシの指摘に、顔を背けて袖で鼻血を拭く。
うっかりカカシの女性像で想像してしまったため、興奮してしまった。
先ほどから血を何度も拭きとっているせいか、イルカの袖は大変なことになっている。
血が目立たない紺色のアンダーを寝巻に使っていて良かったなと思いつつ、カカシが捧げ持つシャツを取るなり、立ち上がった。
「先生、どこ行くの!?」
逃げられると思ったのか、カカシはイルカの手首を掴み、不安な眼差しを送ってくる。それを静かに笑い、イルカはやんわりとカカシの手を離させた。
「どこにも行きませんって、準備してくるだけですよ。……カカシさん、俺だって男です。雰囲気は大事だってこと、十分理解してますよ」
「……イルカせんせ…!!」
イルカの言葉に、カカシは胸を押さえて感動に打ち震える。
イルカはとことん鈍くて情緒というものを理解していなくて、カカシの萌えポイントなんて歯牙にもかけていなかったというのに、今日の察しのいいイルカはどうしたんだろう。
「着替えてきます」と、口から覗かせる歯を輝かせ、イルカは颯爽と歩き出し、寝室の襖をきっちりと閉めた。
サプライズ要素を追加するイルカに、カカシは身悶える。きっと、「カカシさん、待った?」と恥じらいながら、女になったイルカが不意に寝室に入ってくれるのだ。
イルカは全てを分かった上で行動してくれている。
いつもこうだったらいいのにと思う反面、いつもの何も分からなくて無防備なイルカも好きだと、カカシはしょうもないことを考えた。
イルカがいなくなり、静かになった寝室で一人、ベッドに腰かけ、カカシはドキドキと胸を高鳴らせる。
考えるのは、女のイルカの姿だ。
イルカのトレードマークである、一本傷が入った女の子。
意志の強い瞳はそのままに、全体的に線を細くして、骨格も華奢にして、胸は……少し小さめ? 腰回りは結構ありそうだなどと、イルカが入ってくる瞬間を今か今かと待っていたが、待てど暮らせどイルカが入ってくる気配は感じられなかった。
「……ちょっと、遅いんじゃない?」
誰に言うでもなく呟き、寝室の目覚まし時計に視線を走らせる。イルカがここを出てから、かれこれ30分は経っている。
あの丸薬は即効性だとも言っていたから、時間がかかったとしても10分あれば、女体化できているはずだ。
だとしたら、何故?
ここで待っていても仕方ないと、カカシは腰を上げる。
イルカのことだから、土壇場で恥ずかしくなって飲むのを躊躇っているのかもしれない。
「もぉ、可愛いんだからぁ。やっぱり、オレが飲ませてあげよう」
快楽に絡めとって無理矢理飲ませる作戦が決行できると、気分も浮かれて寝室の襖を開ける。
「イルカせんせ〜、恥ずかしいならオレが……」
「わぁぁ! 来んな、見んな、ちょっと待てぇぇぇ!!!」
襖を開けた途端、近くで声が上がった。
いつもより段違いに高くなった声に驚くと同時に、視線を向ければ、寝室の襖の端で丸くなって背を向けている姿を発見した。
カカシのシャツに身を包み、シャツを引っ張り、一人慌てているイルカの姿に、カカシは胸が熱くなった。
素早くイルカの前に回り、肩を掴んで顔を起こさせる。
「見、見ないでくだ…!!」
顔を真っ赤にして、襟元を握り、顔を隠そうとするイルカの恥じらいに、カカシは大興奮だ。
「見ないでどうするんですか!! ちょ、顔隠さない! 腕、下げなさい!!」
「や、ちょっと、マジで嫌だ! ちょ、待てって!!」
腕を掴み、顔を下げるイルカと揉み合う内に、イルカを畳みの上に押し倒してしまう。
つい癖で体の関節を押さえてしまった。ついでに、両手首を片手でまとめて上に引っ張るように畳みへ押さえつければ、ようやく観念したのか、イルカは振り回していた手足から力を抜いた。
「うー。鏡、見るんじゃなかった……」
無念という表情を浮かべ、イルカは目を閉じて、カカシの視線を避けるように、限界まで顔を畳みへ押し付けている。
そんなイルカを上から下から舐めるように見つめ、カカシはごくりと生唾を飲み込んだ。
「小さい! Bカップ! むっちり安産体型! 地味っっ!!」
どう聞いても褒め言葉ではない言葉の羅列に、イルカは呻く。
先に服を着替え、丸薬を飲んだ後、身なりを少しは整えてやるかと洗面所に行ったことがそもそもの間違いだったと、イルカは後悔する。
鏡で見た女の己は、まさしくカカシが言った言葉通り、見栄えもしなければ、特徴もこれといってなく、胸は小さいし腰は張っているし、イルカが想像していた、小悪魔的な可愛い女性とはかけ離れ過ぎていた。
そういえば、細胞レベルで女になるって言っていたから、術者の思い通りになる変化とはまた違うんだよなと、今更なことを考え、たそがれる。
こんな地味子、とてもじゃないがカカシの趣味とはかけ離れているだろうと、鏡の前で落ち込むこと数十分。それでも約束は約束だからと寝室の前まで行ったはいいが、やっぱり趣味じゃないだろうといじけること数十分。
そして、痺れを切らしてやってきたカカシに捕まった今、現在。
イルカは胸の内で悔恨のため息を吐きつつ、自分を見ているだろうカカシの表情を窺うべく、おそるおそる目を開ける。
もし、がっかりとした顔をしていたら、趣味じゃなくてすいませんねと笑いながら、カカシからフェードアウトして、今晩だけどこか違う所に泊まる予定だ。
せめて乳がもう少しでかければと、女の己の足りなさを嘆く。
えいやっと掛け声をかけて、覆いかぶさっているカカシを直視した直後、ぼとっと、やけに粘つく重たい音がイルカの耳に飛び込んだ。そして、視界に降る雫を捕えて、何だと思うより早く、カカシの鼻から降るそれの正体に気付き、全身が総毛立った。
「ぎゃぁぁぁぁ、鼻血! カカシさん、鼻血!!」
顔を左右に振って鼻血を回避しようとするが、固定されているイルカの顔にほぼ直撃した。
「え、あ!! ご、ごめっ!」
弾かれたように体を起こし、カカシは動揺した素振りを隠しもせずに、意味もなく左右を見回す。その間にも鼻血はばたばたと落ちるものだから、イルカは手近にあった箱ティッシュを引っつかむなり数枚抜き取って、カカシの鼻の下に添えた。
まずは鼻血を押さえることに決めたのか、カカシはティッシュを掴み、身動きを止める。
その間に、イルカも自分の顔に降ってきた血を拭い取る。カカシのYシャツにも、血飛沫が飛んでいることを見つけて、少し凹んだ。
白だから、目立つんだよな。落ちればいいけどと、膨らみのある胸の上についた血を爪で擦っていれば、カカシの目がぐわっと見開き、凝視してきた。
「……な、なんですか」
眼光の鋭さに思わず後ずさってしまう。すると、カカシの手がイルカの足首を掴んできた。簡単に力負けしてしまい、イルカの意志とは裏腹に膝が伸びきる。
その拍子に、際どいところまでめくれあがったYシャツの裾を慌てて押さえ、隠すように下へと引っ張れば、ふごぉと変な咳をカカシがした。
様子のおかしいカカシに不安がよぎる。やっぱり趣味じゃないが故の奇行なのだろうかと、イルカはしょげた。
「…あ、あの、女の俺、やっぱり好みに合わない、とか…?」
地味ですもんねと口にすれば、カカシはぶんぶんと大きく横に首を振った。
意外な反応にイルカは喉につかえていた息を吐き出す。
良かったと口から出る前に、カカシはイルカから視線を離さず、真剣な口調で言った。
「……オレのストッパー役、用意していいですか?」
カカシの持ったティッシュは限界以上に真っ赤に染まりきっている。そのティッシュから血が排出されるのは時間の問題なので、新しいティッシュをカカシに手渡しつつ、イルカは逆に聞いた。
「忍犬を呼ぶんですか?」
ストッパーって何をストッパーするんだろうと不思議に思いつつ、忍犬とはいえカカシ以外の目にこの姿を晒すのは嫌だなと眉を潜めれば、カカシは「違います」と即、返してきた。
「例えオレの可愛い忍犬であろうと、情事中のイルカ先生を見せる訳にはいきません。もちろん、オレです。影分身です」
いいと言ってはいないのに、カカシはイルカの足首から手を離すなり印を組んだ。
ぼふんと煙を撒き、カカシの隣に現れたのは、影分身のカカシだ。
「一体、なーに…」
眠たそうな目で本体のカカシを見た後、影分身の目がイルカを捕えた、直後。
「ん、ふむむむむむむ!!」
やる気なさそうな右目が限界までに見開いたと思ったら、唇を塞がれていた。
勢い余って後頭部を畳みに打ちつけ、イルカは痛みと息苦しさに呻く。だが、直に呼吸は確保された。
「ちょっと、本当に油断ならないね、お前は。まったく、影だと理性が脆くて困りものだーよ」
涙目で空気を吸い込むイルカから離れ、カカシは影分身を手早く縄で縛りあげると、寝室へと放り込む。その手で血を含んだティッシュをゴミ箱に投げ入れ、後始末をすませた。
一体何がどうなっているんだと困惑するイルカに、カカシはにっこりと笑った。
「じゃ、イルカ先生、いきましょうか」
「え、ちょ、カカシさん!?」
膝の下に手を入れ、軽くイルカを抱き上げるなり、カカシは寝室のベッドへとイルカを運ぶ。
寝台へ落とされると同時に顔を覗きこまれ、イルカは生唾を飲み込んだ。
いつもより体が小さいせいか、何となく恐い。
無意識にYシャツの前を握りしめるイルカを目にし、カカシはイルカの頬を撫であげ、そのまま結ってある髪を解いた。
頬と首筋を滑る髪の感触にも、滑稽なほどにびくついてしまう。恐がっていることを知られるのが嫌で、奥歯を噛みしめてカカシを見上げれば、カカシはうっそりと笑った。
「本当にアンタって人は、何から何までオレ好みだーよ。……いや、イルカ先生がオレの好みだから、当たり前か」
可愛いよと耳元に吐息と一緒に甘い言葉を吐かれ、全身が痺れるように震えた。
思わずといった風に出た吐息に、カカシがなおも色っぽいねと囁いてくる。
全身がぞくぞくする。カカシは艶やかな色気を撒き散らし、イルカを絡め取る。
数多の女を抱いたカカシが、こんな地味な女が好みということは意外だったが、萎えなかったんだからいいんだと己に言い聞かせて、歯を食いしばる。
女の身でどういうことが起きるのか、想像がつかなくて恐いが、ここまでくれば腹を括るしかない。
ゆっくりと寝台に体を倒されて、ついぎゅっと目を閉じてしまう。固くなっているイルカを解すように、顔に口付けを降らすカカシの気遣いに肩の力が抜けた時。
「ちょっとー、オレ、何のためにここにいるのー? ちょっと、本体ー!!」
ベッドの下で、影分身が叫んだ。
語気の激しさに、抜けた力が入ると同時に、カカシはあいつめと悪態をつく。
「あのねー。お前呼び出したのは、オレが暴走しないようにするためなーの。思い過って監禁決行しようとした時、チャクラ消耗しとけば、高等結界張れないでショ! 影ならそんなことくらい分かりなさいよ」
全くデリカシーのない奴めと、カカシはイルカに向きなおりすいませんねと笑顔で謝ってくる。
監禁という穏やかではない言葉を聞いて、イルカは一瞬血の気が引いたが、予防策を取ってくれるカカシなりの配慮の仕方に絆された。
何だかんだいって、カカシはイルカの意志を尊重してくれるんだよなと、胸を高鳴らせていると、影は再び口を開いた。
「理由は分かったけど、オレの扱いひどくない!? お前だけずるいぞ、オレだけ視姦ていうか、聴姦で我慢しろって言うーの!」
ひどい鬼だ鬼と騒がしくなった影に、カカシは舌打ちを打ち、ちょっと待っててねと身を起こした。
うるさい黙ってろと小声で罵るカカシの声と、くぐもった叫び声が聞こえたところで、猿ぐつわをしたんだろうなと予想を立てる。
それからすぐにカカシはイルカの元に戻って、鼻先に口付けを落とした。
「それじゃ、イルカ先生。先生の初めて、もらいまーすね」
カカシの言葉に、湧き上がってくる生唾を飲み込み、イルカは一つ頷いた。
次回、18禁予定です。女イルカ先生苦手な方はご注意を! H25.5.26